本書について
 
松江市出身の法哲学者・恒藤恭(つねとう・きょう.旧姓井川[いかわ]. 1888-1967)は,学問の自由に対する弾圧事件として知られる1933年の京大事件で,瀧川幸辰(たきがわ・ゆきとき)らとともに京大教授を辞任したひとりで,戦後は大阪市立大学の学長などを務めながら,憲法擁護の論客として活躍しました.
そんな恒藤恭は,井川恭と言った若き日,新聞や雑誌に投稿を重ねる文学少年で,松江とその近辺に取材した随筆や小説も多く残しています.中でも「翡翠記(ひすいき)」(1915)は,旧制第一高等学校で同級だった芥川龍之介が松江に滞在した夏の交友記で,「松江印象記」の題で知られる芥川の随筆も,この「翡翠記」中で初めて発表されました.
昔なつかしい松江の面影を訪ねるには,ちょうどよい1冊です.小泉八雲の著書ともども,松江文学散歩のお供にどうぞ.
 
デザインについて
 
今回,残念ながら本文組には関与していません.私が担当したのはカヴァー,表紙,大扉,そして店頭配付・新聞掲載用の広告のデザインです.
本文の大半が正字・歴史的仮名遣いということで,私の担当領域でもこれに倣いました.ただ,それだけでは面白くないものですから,同書を目にした一瞬(あくまで一瞬ですが),明治・大正期の文藝書と見まがうような装幀を試みました.広告でも,同様の明治・大正趣味てんこもりです(笑).版画調に仕上がった石原まゆみさんのカヴァー装画も,その点効果的だと思います.基調となる緑と赤の2色は,カワセミ(翡翠)の写真からとったものをもとに決めました.
『袖珍翡翠記』の“袖珍(本)”とは,和服の袖に入れることができるほどの小さな本のことです.実際の『袖珍翡翠記』は新書変形判ですから,袖珍と呼ぶには少々大きいのですが,その分軽い紙を使ってありますので,重さの点ではわずらわしくないと思います.
今回の造本は現代的な仕上げですが,もし同書を新しい装幀で出す機会があれば,造本から本文組に至るまで,20世紀初頭の文藝書の覆刻版としか思えないようなものを作ってみたいところです.

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